私が先日見ました大地震予知夢の意味につきまして‼️⚠️
2026年 02月 22日

皆さん、最近全国各地で地震が続いています‼️⚡
私が昨年の6月に見た予知夢では、7月に長崎県で大規模な地震が発生していました! 7月25日~7月27日前後という可能性を感じ、7月27日前後くらいまでは要注意だと感じました!
( ※追記 7月25日に長崎県(M4.7)震源の、広範囲な地震が発生いたしました!また7月30日にはカムチャツカ地震(M8.8)が発生!⚠️今後、長崎県で大地震が発生するという意味ではございません)
そして、九州~本州にかけて全国的な地震が、8月12日前後に発生する夢でした!
(そして、8月12日前後の範囲を広めた方が良いかも感じ、特に14日を気を付けた方が良と感じました)
また新しい予知夢を見まして、8月14日に起きた地震は、まだ終わっていないと感じ
「地震があることを伝えた方が良い」と出ました‼️
またまた新しい予知夢を見ました
「地震は、そろそろだ‼️」
「陰に隠れた方が良い‼️(建物等が崩れる)」
と出ました‼️
(最近、「そろそろ」が、どの位の時期の範囲なのか、私自身、ハッキリとは分からない状態です🙏)
また、ちょっと気になる夢を見まして、昨年9月13日と、9月14日に特に関東で気をつけた方が良いかもしれないと感じました‼️
(13日に、カムチャツカでM7.5の地震がありました。私が見た夢は、恐らく、この件だったのではないかと感じます!関東などで若干の海面変動があり津波予報がありました。)
そして、何故か大阪で地震が起きる夢を見ました。大阪の地域で地震が起きるという意味ではなく、別の意味があるような夢でした‼️
(夢を見た5日後の、今年の1月6日に、島根県東部を震源とする大規模な地震があり、大阪でも震度3などの地震が発生いたしました。)
そして、気になる新しい大地震予知夢を2026年2月12日早朝に見まして、夢を見た当日中に、ブログに夢の内容を書かせていただきました‼️⚡
今回の夢の内容で、ハッキリと覚えているのは、「淡路島~大阪にかけての海で、(私の家族が、船に乗ろうとしてたのですが)船に乗るのを止めた方が良い」ということでした🌊
今回、日付は、今までになく、とてもボンヤリしておりましたので、曖昧なのですが、
本当にもしかしたら、3月10日くらいの可能性も、あるのかもしれないと感じました‼️
淡路島~大阪にかけて海の震度は、もしかしたら震度3~4程度のような気がしましたが、なんとなく、もう少し大きな地震(震度6程度)も、あるような感じを可能性として感じました。
今回の予知夢で、なんとなく、もう少し大きな地震(震度6程度)も、あるような感じがしたのは、何故なのか、現段階では、ハッキリとは私にも分かりませんが、今のところ考えられるのは、
・淡路島~大阪にかけて海の震度は3~4程度で、複数の県をまたぐ、とても広範囲な地震が発生し、他の地域で、震度6程度の地震が発生するという意味の可能性
・または、淡路島~大阪にかけての海で震度3~4くらいの地震が発生した後、後日に(どのくらいの期間が空くのかは、現段階では不明でありますが)、同じ場所で、震度6程度の地震が発生するという意味の可能性
・または、淡路島~大阪にかけての海で震度3~4くらいの地震が発生した後、同日など、直ぐに、同じ場所で震度6程度の地震が発生するという意味の可能性
この3つの意味の可能性を、現段階で私自身は感じております。🙇
おそらくですが、3番目に書いた、直ぐに同じ場所で2回地震が発生する可能性は低いのではないかな、とは私自身は感じております。今後、西日本で気を付けた方が良いのかもしれません‼️
ちなみに今回夢に出てきた震度ですが、実は、前回と、前々回に見ました大地震予知夢でも、実は、何となく震度が夢に出ていたのですが、自信がなかった為、書いておりませんでしたが、前回と、前々回に夢を見た後に、発生した地震の震度が、ある程度当たっていた為、今回からは、夢に出てきた震度も書かせていただくことにいたしました⚡
そして今回の夢の中の、「船に乗るのを止めた方が良い」の意味ですが、
恐らく、「今後、南海トラフに気を付けた方が良い‼️」という意味も含まれているのではないかと、最近感じました‼️⚡
何故かと言いますと、
今から、2回前と、3回前の南海トラフが発生した際、大阪を襲った津波では、たくさんの人々が犠牲になりました。🌊⚡
そして、実は、その際に、余震を恐れて、たくさんの人々が、川の小舟に避難したことにより、より多くの命を奪った過去があるようなのです‼️🛶⚡
(この話は、実は私自身は以前から知っておりましたが、今回、夢を見た数日後に、直感的に、舟で避難した南海トラフの過去の歴史の意味も含まれているのではないかと感じました⚡)
その、2回前の南海トラフ発生時の、船での津波被害の詳細について記載されている、以下の記事をご紹介します✨
安政東海地震(1854年12月23日9時~9時半ごろ・M8.4)について、沼津藩士 山崎継述の『嘉永七甲寅歳地震之記(かえいしちねん きのえとらどし じしんのき)』によれば、安政東海地震の揺れ始めはそれほど強くはなく、大揺れ(激震)になるまで煙草を4~5服吸うくらいの余裕があったという。その後激しい揺れになり、地面に腹這いになっていても1~2mほど跳ねあげられるようだったと書いている。そして、揺れが収まったかと思うとまた揺れ始め、夕方になるまで繰り返し揺れが続いたという。
南海トラフの東側領域が動いた安政東海地震(1854年12月23日・M8.4)の32時間後に、今度は、南海トラフの西側領域が動き、安政南海地震(1854年12月24日・M8.4)が発生しました‼️紀伊半島沖から四国沖(南海道沖)を震源とする巨大地震でした。⚡
地震発生時、当時の人口約32万人といわれていた大都市大坂は、天下の台所であり流通の一大拠点でした。
12月23日午前8時20分ごろに発生した安政東海地震によって、家屋や土蔵などに破損・倒壊といった被害が生じたが、全体として被害は小規模でありました。しかし、翌日12月24日夕刻の安政南海地震に伴う津波被害は甚大だったようです🌊⚡
湾内や安治川・木津川両河口付近に碇泊していた数百艘といわれる大船が、来襲した津波によって押し上げられ流され、道頓堀川・長堀川などの堀川に沿って心斎橋付近まで遡行(そこう・流れに逆行して遡ること)🌊⚡。
この大船群遡行によって、堀川に架かる橋々はたちまち破壊され、周辺家屋や土蔵も破損・倒壊などの被害を受けました🏚️⚡
前日の安政東海地震の発生以後、大阪市の人々は、相次ぐ余震や建物の倒壊を恐れ、大路や空地などに仮小屋を構えて避難する人がいました。また余震から逃れるように堀川上に浮かぶ船に避難していました👤🛶⚡
しかし、それら数多くの川船は遡行してきた大船群によって押し潰され、多数の溺死者を出すことになりました。⚡この地震で大阪湾には2.5メートルの津波が襲い、大小約8,000隻の船が破損し、犠牲者は700人余といわれています。(7000名など諸説あるようです)
大阪市大正区のJR大正駅近く、安治川と木津川の合流点付近に大正橋がかかっています。その橋に、安政南海地震の翌年、1855年に建てられた「大地震両川口津浪記(だいじしんりょうかわぐちつなみき)」という石碑があります。
その石碑には、「今から百四十八年前、宝永四年十月四日の大地震の節も小舟に乗り、津波で溺死する人多しという。年月をへだてては伝え聞く人もまれなるため、今あいかわらずおびただしい死者をだし、いたましきこと限りなし。後年もまた予測しがたし。大地震の節は津波がおこる事をかねてから心得、必ず舟に乗るべからず。また家崩れて出火もある、金銀証文は蔵におさめ、火の用心が肝要なり。」などと書かれているようです‼️
前日の安政東海地震で大阪はかなり大きな揺れを感じ、余震を恐れた多数の人たちが小舟に避難したとのことです‼️🛶⚡
翌24日、安政南海地震が発生。大揺れで家が崩れ出火もありました🔥
そして、大津波が押し寄せ、安治川、木津川から山のような大波と共に多数の船が川の上流に押し流され🌊⚡、橋を壊し、小舟を下じきにして多くが破船⚡さらに後から流されてきた船が折り重なったとのことです‼️
石碑には、「148年前の宝永地震の時も、地震の揺れから避難し舟に乗った人が大勢いて、津波で溺れ死んだ。長い年月がたったので、この言い伝えを知る人が少なくなり、今またむざむざと同じように船に乗って同じ理由で死者を多く出すことになってしまった」と書かれており、碑文が読みやすいように毎年、石碑の文字に墨を入れてほしいと書かれているようです。石碑が建てられて以降、169年間その願いを守り、今でも周辺住民たちは毎年お盆に墨を入れ続けているということです。👥✨この石碑(碑文)こそ先人の教えであり、墨入れ作業のたびに大災害を思い出し、記憶を風化させないための究極の防災文化となっています‼️
【現代ビジネス・かつて「大阪」で「多数の溺死者」を出した、「南海トラフ巨大地震」が引き起こした「津波」の衝撃的な規模】
また、大阪で、南海トラフ発生時を想定した、避難シミュレーションをまとめた記事があります。
複雑に入り組み、国内最大級の規模を誇る大阪・梅田の地下街が南海トラフ巨大地震の津波や河川氾濫によって水没の危険にさらされた場合、地下にいる約2万千人が、最寄りのビルの2、3階に避難するのに約24分かかるとのシミュレーションを、大阪市立大大学院の滝沢重志准教授がまとめました。✨
地下街の構造や鉄道の乗客なども考慮に入れ、実態に近い初のシミュレーションといえるとのことです。
しかし、今回のシミュレーションには、ビル内のオフィスに勤める人や、店舗内の買い物客などの想定が含まれておらず、地下にいる人数は増える可能性が高く、避難により時間がかかるケースも想定されます。
一方で、データの提供を受けたビルのみを試算に入れており、規模の小さなビルや地上に逃げることもできると考えられるとのことです。🏃
滝沢准教授は「実際の避難者はもっと増える可能性が高い」とする一方、「秩序だって逃げることができれば、河川氾濫や津波が来るまでに避難することも可能だと考えられ、パニックにならずに避難することが大切ではないか」と話しています。👥✨
大阪の中心・梅田については、大阪府の独自想定で、南海トラフ巨大地震の発生から約2時間で津波が到達して水没するとされているが、ほかにも淀川が氾濫した場合約30分で浸水が始まるとの想定もあり⚡、浸水が始まるまでに迅速に避難を完了させることが課題になっているようです‼️🏃🌊⚡
【産経新聞・梅田・地下街 南海トラフ級地震でも津波到達前に避難可能 大阪市大が試算】
また、以前にもブログに書きましたが、東日本大震災の際、津波浸水領域の境界線付近に神社が立地し、その多くが避水している傾向がみられたとのことです。🌊⚡
古い歴史を有する神社は地域とともに歩んできた重要な公共の空間であり、その配置は過去の大災害等によって淘汰された結果を示していると考えられるようです✨
そして、淡路島沿岸部の神社における南海トラフ地震の津波被災リスクを明らかにした、さらに詳細な、以下の研究論文があるようなのです‼️
これまでの研究において、東日本大震災の被災地では祭神によっても津波被災リスクが異なることが示されていることから、淡路島においても各神社の祭神を調べ、祭神による津波被災リスクの差異について検討した。
沿岸近くにも関わらず、ゼロメートル以下の神社は無く、7 割以上の神社が 10m 以上の高所に鎮座しており、標高の観点からはそもそ
も津波避難場所に適した場所に多くあるといえるとのこと。🤔
そして、敷地内が浸水する可能性があるのは、事代主神と住吉三神を祭神とする神社であった。両神はいずれも「海の神」として祀られており、他神より被災しやすい海岸近くに鎮座している場合が多いことを裏付ける結果となっている。🌊⚡
一方、応神天皇を祀る八幡系神社は徒歩圏内に浸水域があるにも関わらず境内そのものが浸水するような場所には鎮座していない。✨つまり八幡系の神社は津波被災リスクの低い場所にあると判断できるとのこと‼️✨
こうした祭神による津波被災リスクの違いは、地域防災における避難空間としての神社の活用を検討する際の有用な情報となる可能性を示すことができたとのことです‼️
【土木学会第70回年次学術講演会・淡路島沿岸神社における南海トラフ地震の津波被災リスク】
全国全ての神社が、上記に当てはまるのかどうかは不明でありますが🤔、少なくとも淡路島においては、このような研究結果があるようです😃✨
私自身、以前に作成したブログ『南海トラフ発生時期は誤認⁉️【大地震予知】』でも書きましたが、隆起量から南海トラフの発生時期を計算した論文によると、次の南海トラフの発生時期は、『2029、3年』とのことです‼️最近の全国の地震の多さもあり、発生時期が早まる可能性は、あるのではないかと個人的には感じております。😰
私自身、これまで、近い将来に巨大地震が起きる「可能性」を感じていたのですが、今年の1月6日に島根県東部震源の、大規模な地震が起きてから、なぜか直感的に「確信」へと変わりました‼️⚡
皆さんを怖がらせるつもりはないのですが😫ちなみに私の直感は本当に良く当たります⚡
今こそ、少しずつでも、大災害のことを、考える時期に来ているのではないかと、個人的には感じております🙇💪✨
また、山陰地方の地震は、南海トラフ地震に関連した地震の1つであるという、専門家の意見もあるようです。⚡
明らかに、ここ最近大きな地震が、異常な頻度で発生しております😰
きっと、少しずつでも災害対策をして、事前の準備などをしておけば、少しでも被害を減らすことは可能なのではないでしょうか😃🌈皆さん、日頃から気をつけましょう💪✨
